ワーキングホリデーでオーストラリアに来て1週間くらいで僕はオーストラリアの物価に圧倒された。
その時、日本円はかなりの円安ブームで世界全体がインフレになる中、この年の海外旅行は円安の影響も受けて踏んだり蹴ったりの状態。
だから、オーストラリアで毎日貯金が減っていく痛みに耐えられず、僕は英語もできないので仕事もなかなか探せない。
考えた結果、インドに行くことにした。理由としてはインドは英語を第二母国語としており、英語の練習もできる。
それに、インドはかなり物価が安い!
この時ほんとに重要だったのは物価の安さだったのだと思う。
3日後に出発の航空券を買い、後1週間ほど残っていたバックパッカーズを後にした。
実はたまたまインドで1年間有効のビザを取っていた。
それは間違えて取ったものだったのだが、ここで使う機会が出てきたのだ。
なんだろう。最初から行くことが決まってたような必然性を感じた瞬間だった。
インドまでの移動時間はピースからニューデリーまで15時間。途中クアラルンプールを乗り継いでの移動だ。
今までインドには一度も行ったことがない。
正直インドには全く興味もなかった。
ただ物価が安いそれだけで僕はオーストラリアから逃げるようにインドに向う。
夜の23:00頃、飛行機はニューデリーの夜景を窓の外に映してる。
噂に聞いていた通り、ニューデリー上空は大気汚染で白いモヤがかかっている。その隙間から微かに車のライトの光や民家から放つオレンジの灯りが見える。
久しぶりに感じるこの胸騒ぎ。
いろいろなことを覚悟していたので今から起きるたくさんの問題に立ち向かうため戦闘モードになっていたのかもしれない。
これもここに来るまでに溜め込んだインドへの偏見のおかげだと思う。
到着時、ニューデリーはそこまで熱くない。汗ばむほど南国の空気感なのだと思っていたが、意外にも汗もかかないくらいの気温だ。
これから3ヶ月お世話になる宿までどうにかしていかなければならない。
タクシーはぼったくると有名なのでこの日は電車で指定された宿の住所まで移動したい。
標識を確認しながら地下鉄の改札まで向う。
多くの人が出入りする改札を見つけ、通り抜けようとするともう今日の便はないという。
到着してすぐうまくいかない。どうしようかと思い、とりあえず元の場所まで戻り,Uberがいいと聞いていたのでSIMカードを契約することにした。
空港にある携帯ショップにあるカウンターで900ルピー(約1500円)程で契約した。
でも、スタッフが言うには1時間ぐらい使えるまでかかるという。
これでは意味がない。
Uberも使えなくなった僕は仕方なくタクシーを選んだ。呼び込みは危ないのでタクシー会社にタクシーを呼んでもらって乗車する。
順番が来てタクシーに乗り込み行き先を告げる。
運転手は少し地図を見て黙り込んだ。
少しはげていて白い髭を生やした歳は50歳を超えていそうな運転手。
とりあえず白髭と呼ぶことにしよう。
白髭は僕にここは遠いから1200ルピーだけどいいか?と尋ねてきた。
僕はこれは詐欺かもしれないと思い、すぐに噛み付く。
「いや、だめだ!メーターを動かしてくれ!」
この車にはメーターがついていない。
いよいよ詐欺の匂いがすると思い、運転手と料金のことで少し言い合った。
運転手は全然納得してくれない僕に呆れてドアを開け外に出て行った。
しばらくしてスタッフらしき男を連れてきてその男に説明された。
彼はUberのようなアプリで白髭の言うことが適正料金に近いことを説明してくれた。
僕は急に恥ずかしくなり、すぐに白髭に謝ってその金額を了承した。
僕たちは無言で1時間くらいの距離を走っていた。
タクシーの窓から見る初めてのインドの景色はたくさんの緑の三輪車や割り込んでくる乗用車。大型のトラックが今にもぶつかりそうな距離まで迫ってくる。
この時点でもう僕はいろんな感情でクタクタになっていた。
しばらくして伝えた場所まで来ると、そこは周りにほとんど何もなく埃っぽい空気をオレンジ色の街灯の灯りが照らしていた。
ネットも繋がってないので宿のオーナーに連絡も取れない。時間ももう深夜1時を回っていた。
とりあえずついたのでここで降りて宿を探すと言うと白髭は僕を心配そうにどこに宿があるの?とたずねる。
「この近くにあるはずだから自分で探します」
そう伝えると一緒に探すといい僕がスクリーンショットで保存していた宿の住所を確認していた。
それでもわからなかったので近くのホテルの警備員に話を聞きに白髭は行った。
誰に聞いてもわからない。2人で困ったと顔を見合わせていると僕は電話番号を控えていたことを思い出す。
もちろん、英語もわからないし、ネットも繋がらないので僕の連絡手段としてはなかったのだが、白髭ならなんとかしてくれると思い、電話をかけてもらった。
オーナーは奇跡的にまだ起きていて、住所を確認することができた。白髭は僕から超過料金を取ることもなく、少し離れた宿の方へ連れて行ってくれた。
一緒にタクシーを離れ路地を歩き回り、やっとの思いで見つけることができた。
Airbnbで予約した一般人の部屋なので普通の住宅となんら変わらない。
見つけるのにはかなり苦労した。
でも、あんなに意見を違え言い争ったのに白髭は僕が宿に入るまで見送ってくれて、出会いは最悪だったのに最後は友人のように握手をして別れた。
インドにかなりの偏見を持ってきたのにいつのまにかインドの人のことを優しい人だと認識を改めてる。
もちろん、彼が親切なだけかもしれない。
でも、僕は知っていたはずなのだ。どの国でも優しい人も嫌な奴もいる。
それを偏見で固めた思考で見るから悪く見える。
僕ももう19,20歳のなんでも初めての年齢ではない。
なのに、人に優しくされると19,20歳の青年ように単純な感覚が内側から溢れ出てくる感覚がある。
「インド人って優しい良い人だ」
この気持ちは至ってシンプルでこの日ベッドで眠りに落ちるまで幸せな気分でいられた。