朝4時半。カーテンを開けると空はまだ薄暗かった。少しだるい体を無理やりに起こしてシャワーを浴びる。
今日は朝早く起きて新宿で写真を撮ろうとウズベキスタン人の彼女と約束していた。
僕の住んでいる場所からは新宿まで1時間ほどかかるので早朝の都会の写真を撮るなら始発くらいで向かわないといけない。
眠気に負けて別に仕事でもないし寝ても良いかと考えたりしたが、そうやってやりたいことを先送りにする自分を何度も経験しているので今日は気力を振り絞って早起きをした。
それにしても眠い。温かいお湯でシャワーを浴びたが浴室から出るとさらに寒くなったように感じる。
昨日の予報ではそんなに寒くなるはずはなかったのだが、スマホを見ると7度と表示されていた。
通りで寒いわけだ。
パンイチで半袖シャツという田舎の夏ファッションで過ごせる時期はもう過ぎてしまったのだ。
ケトルのスイッチを入れ、インスタントの味噌汁の袋をカシャカシャとあける。
予定していた時間より少し遅くなって来ていたので僕はすぐにお湯を注いで書き込むように味噌汁を飲み干した。
準備を終わらせて玄関の扉をあける。
ガシャん、鉄板に何かがぶつかった様な音を立てながら扉は開き、手を離すとなぜだか勢いよく閉まる。
もう少し機嫌よくても良いのにと思ったりするのだけど、旧世代の古いアパートに文句を言っても仕方ない。
僕はジョギングをする様に階段を降りて駅へと向かった。
9時ごろが1番混むのかと思っていたのだけど、僕は甘かった。
1番早朝から1、2時間の間が多くの人が電車を利用する時間だ。
よくよく考えればすぐわかることだ。
乗ってしばらくは座れたのだけど、特急に乗り換えるともう座れるどころか久しぶりのおしくらまんじゅうに巻き込まれた。
僕の隣に立っていた女性は後ろから押して入ってくる人々に奥へ奥へと押しやられておじさんの背中にグイグイとめり込んでいった。
それとは反対に角を死守していた僕は難を逃れた。
新宿に着いて彼女と合流すると地下から地上に抜ける階段を上がった。
階段を一歩上がるごとに上からの冷気で冬が本当に来たのだと感じる。
息を吐くと白い煙は宙へと昇って消えていく。
隣でウズベキスタン彼女は寒い寒いと独り言かのようにぶつぶつ言っている。
内心君の故郷はこんなもんじゃないだろって思っていたが、そもそも彼女の格好は白いTシャツに一枚羽織っているだけなのでそれは寒いでしょうよと喉まで出かかった言葉を押し殺した。
それでも、コンビニを見つけて出て来たと思ったら温かいペットボトルを手の中でコロコロと転がしながらこちらに向かってくる姿に思わず可愛いなと思ってしまう。
嬉しそうな顔がすごく幸せそうだ。
彼女は結構シャイな性格だと思うのだけど、ユニクロに行くと自分の好みの服や帽子を試着しては店内に備え付けられている鏡に映る自分を無表情で見ながら体を地味なダンスを始めたりする。
後ろから見ている僕はそのシュールな光景に笑いが止まらなくなりそうになるのだが、それに気がつくと口角を少し上げて何も言わずにこちらを見ていたりする。
たまに何を考えているのかわからない。そこが面白かったりする。
彼女はカメラを持っていないので僕のXpro-3を2人で交互に使って写真を撮り歩いた。
使ってみる?と聞くと嬉しそうに顔を縦に振っている。
そんなに使って見たいならどうぞ。
渡したら良いが、Xpro-3が自分の手から離れるとまるで自分の子供を他人が抱いているように心配になってくる。
もし、彼女が転んだらどうなるだろうかとか人混みでレンズをぶつけないかとか良くないことばかりを心配して過保護になってしまう。
それを彼女に見透かされてあなたは私よりもカメラをとても大切にしていると冗談言われてしまう。
でも、ごめん、両方大切なんだ。
僕にとってはカメラもすごく大切だ。
彼女がXpro-3で撮った写真
僕が写真を撮っているとあなたの前に鳩がモデルの様にやってきてポーズを撮っているよと言ってきた。
その時は本当だねと笑っていたのだけど、いざ彼女が鳩を見つけてカメラを向けるとトットットットッと小さく小走りをして逃げてしまう。
こんな小さな鳩を追いかけ回して広角レンズで寄って撮ろうとしてる姿は遠くから見るとなんだか面白かった。
そして、写真を見せてというと無表情で写真を見せてくれた。
ウズベキスタン彼女一言。
「全然ポーズをとってくれない鳩」
彼女の使う日本語はドキドキ発想が面白い。
鳩がポーズをとってくれないなんて僕はいったことなかったので鳩がポーズを取る瞬間を想像して少し笑ってしまった。
面白かったけどその場ではそうだねと言って流した。
朝の新宿は建物の隙間に光が差し込んでとても良い瞬間にたくさん出会えた。
長時間持ち歩いててもあまり疲れないカメラって良いよね。
Xpro-3は持ってると撮りたい欲が出てくるからどんどんシャッターを切ってしまう。
そこが沼の入り口だ。
歌舞伎町にやってきた。
すると何かの行列ができてた。
通り過ぎる外国人観光客もスマホを向けて動画を撮っていた。
みんな気になるのか遠くから腕を組んで見ている。
一体なんの行列なんなんだろう。
何かのアイドルのイベントかな?と思ったのだけど、先頭まで行くとその執念に驚いた。
これはパチンコの列だ。東京の中心地新宿には平日の朝からパチンコをするために行列を作る人々がいる。
まだまだ東京のことを知らなすぎると思った。
でも、すごいなー。
僕には考えられない価値観だ。
それに、みんな並んでる時から戦闘態勢なのがさらに本気度を表している。
スマホを見ている人々もパチスロの動画を見ていたりするんだろう。
僕がそれを見ていたら彼女がその向かいのUFOキャッチャーに釘付けになっていた。
以前、2人でやった時に何も取れずに痛い思いをしたのにまだ懲りていないのかと思ったが、どうやら今回も挑戦するらしい。
ウズベキスタン彼女の薄い財布がまた薄くなる予感がした。
どうやってやるのかとしつこく聞いてくるので僕がお手本を見せることにした。
お手本といっても僕は学生時代に一万円をかけてやっと一つの人形を取れるくらいの実力者だ。
取れるわけないと思って適当にやるとアームが刺さるやいなや勢いよく閉まりフィギュアが二つ飛び散った。
それからフィギュアは穴の中に落ちていき、僕は予想外の2つのフィギュアをゲットした。
奇跡だ。
彼氏らしくそれをプレゼントすることができたようです。
ありがとうございます。
手に入れたことだし、これで終われば良いのに彼女は自分で取りたいらしく、店の中を一周して一つの台の前にしゃがみ込んだ。
どうやら対戦相手を決めたらしい。
恐る恐るレバーを動かしてボタンを押す。
すると、アームはゆっくりと降りてゆき、下まで下がってその爪を閉じた。
狐のような猫のような人形の頭を三つ指で掴んで迷うことなく投降口へと落とした。
ここで理解した。
ここはレベル優しいだった。
パチンコでビギナーズラックがあるように外で小さな人形を取らせてお客さんがウキウキしながら店内の大きな人形に挑戦することを狙っているのだと思う。
僕らは貧乏でよかった。
金を持っていればきっと蜘蛛の巣に引っかかっていただろう。
実は今回の目的は最初から映画を見に行くことだった。
10時40分から公開されるトルコ映画を見るために2人で新宿に来たのだ。
写真を撮っていたら時間ギリギリになってかなり急いで入場した。
約3時間20分。
かなり長時間の映画でウズベキスタン彼女は途中寝ていました。
彼女は寝ていないと言っていたけど寝てたよ。
でも、仕方ない部分もあった。
トルコ語と日本語字幕しかないから彼女にとっては少し退屈だったかもしれない。
それでも、一緒に来てくれてありがとうと言いたい。
そういうところがすごく良い人だなって常々思う。
あまり理解できなかったという割には僕よりも表情や仕草でこの映画ことを考察していたりしてそこは素直にすごいなって感心した。
寝てたくせに。
映画が終わった後彼女は大学のオンライン授業があるため先に帰って行った。
まだお昼過ぎだったので僕はマクドナルドで映画の余韻に浸ることにした。
映画館で購入したパンフレットで映画の詳細をもう一度読み返してなるほどこういうことだったのかと1人で頷いていた。
4回の窓から西武新宿駅の方を見ると街はなんだか賑やかだった。
そうか、今日は10/31ハロウィーンの日だ。
多分いろんな場所が混み合うだろうなと思いつつ、映画の感想をノートに書いて忘れないように記録した。
早朝から夕方まで長い1日だったけど、とても満たされた1日でもあった。
良い休日だ。
次もウズベキスタン彼女とXpro-3と一緒にどこかへ行きたいと思った。
実は雪景色を撮りたくて来年の年明けは東北地方へ行きたいと思っている。
だから今、正月にどこに行こうか考え中なのである。