当たり前だった価値観、極端な正しさ

トルコにいた時に感じていたことを今思い出したので書こうと思う。

今日は少し僕が疑問に思い自分なりの答えが出たことについてかく。

世の中にはいろんな価値観があって、国によって信じている宗教も違うし、生活も違う。

日本で暮らしていた時僕は自分達が西洋から来た思想を持っていることを知っていた。

女性の権利やLGBT、英語教育やキャッシュレス。

僕は日本にいるときに女性の権利が大事とか、LGBTがどうとか、日本人は英語ができないとか、周りの国に比べてキャッシュレスが遅いとか。

その時は違和感を持たなかったけど、僕はトルコで三ヶ月過ごしていて生活の節々で違和感を感じるようになった。

僕の考えでトルコの文化は女性に優しくはないのだと思う。男性有利の社会だと感じる。

だから僕は女性たちの境遇を考えると気の毒だと感じることもあったし、どうにかなればいいのにとも考えていた。

一ヶ月だけ通った語学学校では西洋の女性たちがトルコは民主主義が弱いから住みたくはないと話しているのが聞こえた。でも、彼女たちはトルコ語を学んでいて、トルコが好きなのだと思う。

同じ時期に日本で海外の人にインタビューをするYoutubeチャンネルを見つけた。

そこで、日本人は女性にレディーファーストができないし、英語が話せる人が少ないとか日本はもっとこうなった方いいと西洋の価値観で彼らは言っていた。

僕は今までならそうだと賛成していたのかもしれないが、この時は違和感を感じた。

つまり、彼らが言いたいのは自分達の国はこれができて私はその方が心地いいから日本もこうなるのが正しい。

僕にはそのように感じた。

トルコでもそうだ。西洋の人々は自分達が最も正しい生き方をしているかのように言う。でも、最初から西洋の考え方を持たない人たちがその考えがないことによって不満があるのだろうか?それを当たり前として生きてきた人にとってそれは普通のことなのに。

僕は他国の進む道はその国に任せる方がいいと思う。外国人が自分と同じようになるのが正しいと言うのは正しいとは思わない。

でも、僕は日本で育っているから女性の権利は大切だと思うし、どちらかというと西寄りの思想を持っているそこは変わりない。

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